お知らせ

【住職 徒然記】もうすぐに彼岸です。

2020.08.28

今年も無事にお盆が終わり、すぐそこにお彼岸が。

コロナ過が収まらず、お盆をどうしようかと迷う間に皆さんのご縁にてお盆のお参りをさせて頂き、水子供養の皆さんにも多くのご縁を頂くことが出来ました。

それに先立つ8月1日のお施餓鬼も多くの皆さんがお越し下さいました。

例年と、ほぼ同じに出来ました喜び、心より感謝です。

そして、一息つく間もなく直ぐにお彼岸がやって参ります。

皆さんにお叱りを受けぬようお墓を確認に参りましたところ随分と草が伸びておりました。

明日から頑張り、皆さんがお彼岸のお参りにお越し下さる頃には良い状態にと思っております。

これだけ雨が少なくても草はすごいです。

難なく伸び放題になっています。

雑草の根性とは言いえて妙です。

もうすぐ秋のお彼岸です

さて、お彼岸は春と秋の2回。

春分の日、秋分の日、すなわち彼岸の中日を挟んだ7日間です。

お彼岸の行事は聖徳太子の時代にはすでに営まれていたようです。

本来的な彼岸は仏教の修行を積み、迷いの世界から悟りの世界へ至るという意味ですが、悟りがどうののではなく多くの皆さんがお墓参りをなされ、水子供養の皆さんは蓮華堂へ多くの皆さんがお参り下さいます。

お墓に眠る、或いはお堂におられる水子さん。

御参りをすることによって絆を確認致し、その因縁を確認致します。

そこには故人、亡くなった赤ちゃんへ語り掛ける自分がいます。

不思議です。

墓参り、お堂参りはある意味哲学的行為に近いかもしれません。

それくらいの奥深さを感じます。

御参りをなさることで故人を偲び、同時に手を合わせる中で今の自分の生き様は故人、亡くなった赤ちゃんに認めて頂けてるかを内省しながら手を合わせたいものです。

まさに、それこそが悟りへの修行かと存じます。

特別なことをせずとも、故人と真摯に向き合う。

そういう心を持ちにてお墓参り、お堂参りを致したいものです。

自然は本当に気難しい

さて、京都は恐ろしく暑い日が続き、しかも雨が無い日がお盆以降続いておりました。

毎日夕方に水まきをするのが習慣になっておりました。

しかし、今日は少しですがお湿りがあり、少しですがほっと致しております。

自然は本当に気難しいです。

庭の緑も喜んでいる気配です。

何とかもう少しお湿りを願いたいものです。

そして、相変わらずコロナも収まる気配がありません。

頂くお電話にて法事、水子供養をお受け下さるかとの問い合わせが多いです。

もちろん有難くお受け致します。

マスク、消毒等の用意を致しご縁をお待ち致しております。

油断をせずに乗り切りたいですね。

合掌